パン工場と甲状腺



私が小学生だった頃、学校からすぐ近くのパン工場へ見学に行く授業がありました。

工場見学って、とても楽しいです。人の手や機械で、複数の材料から製品ができ上がっていく工程はとても滑らかで、無駄が省かれています。


小麦などの材料が工場外から工場内へ運ばれてきて、混ぜて、叩いて、焼いて、ベルトコンベアーで運ばれて、最後に完成品のパンが出てきます。焼き上がったパンは一旦倉庫に保管され、出荷待ち状態になります。

スーパーなどのパンが少なくなったら、スーパーなどから製造ライン責任者にその情報が伝わり、製造ライン作動のスイッチを押して、もっとたくさんのパンを作ろうとするでしょう。


甲状腺とそっくりです。


腸で吸収された食べ物の中のヨードは、血流に乗って甲状腺に到達します。ヨードは甲状腺ホルモンの原材料です。

甲状腺では、ヨードを甲状腺外から甲状腺内に運び入れるための扉があります。甲状腺内では、ヨード、アミノ酸、酵素、貯蔵しておくためのタンパク質がそれぞれ役割を果たし、甲状腺ホルモンは作られます。

甲状腺ホルモンは血液検査ではFT4やFT3と表記される事が多いです。甲状腺ホルモンの測定は、パン業界で例えるなら、スーパーやコンビニなどの市場に出荷された後の、パンの流通量の測定に相当します。

血液中の甲状腺ホルモン量が減ると、それを脳の視床下部と下垂体が感知します。

製パン会社で例えるなら、視床下部は社長、下垂体は工場長です。パンの流通量は、社長と工場長に伝わるようになっていて、流通量が少ない場合は、社長は工場長に「もっと作れ!」と指令を、工場長は社長からの指令と市場からの流通が減ったという情報を元に、工場内にいるライン責任者に電話をして「もっと作れ!」刺激を与えます。


社長から工場長への刺激は、人の体では、視床下部(社長)から出される下垂体(工場長)を刺激するホルモン(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン TRH:thyrotropin releasing hormone)がその役割を果たしています。


次に、工場長からの連絡は、パンの製造ラインを刺激しますね。

人の体も同じで、下垂体(工場長)から放出される、甲状腺を刺激するホルモン(甲状腺刺激ホルモン TSH:thyroid stimulating hormone)がその役割を果たしています。


このように、視床下部や下垂体の指令によって、血液中の甲状腺ホルモン量はコントロールされていて、多すぎず少な過ぎずの状態を維持されています。


ところがです。

パン工場を守るための警備員さん達が、長期的に(慢性的に)工場の製造ラインを壊し始めたらどうなるでしょうか?

その破壊活動が小さな物であれば、作られるパンの量は変化しないでしょう。しかし、無数の警備員さんが工場を破壊し始めたら、工場で作られるパンの量が減ってしまいます。

このような仕組みで起きる甲状腺の病気が、橋本病です(別名:慢性甲状腺炎)。

人の体にとっての警備員(抗体、リンパ球)が、自己の甲状腺で破壊活動(炎症)を行う病気です。

なので、甲状腺ホルモンバランスに関係なく、上記のような悪者警備員(抗甲状腺自己抗体)の存在を血液検査で確認できたら、橋本病と診断されます。血液中に自己抗体がなくても、甲状腺からたくさんのリンパ球が採取されても、橋本病が診断されます(パン工場内に悪者警備員がいる事を確認する事と同じ)。

橋本病は甲状腺ホルモンが減ってしまう病気と誤解されがちですが、そうではありません。

時々、血液中の甲状腺ホルモンが増えてしまう事もあるんです。警備員が工場内にある沢山のパンを備蓄している倉庫を破壊して穴を開けてしまったら、パンが工場外に漏れてしまう事をイメージできますか?人の体でも同様のことが起き、これを無痛性甲状腺炎と呼びます。


話は変わり、もしも、工場長からの連絡を受ける電話に、工場長そっくりさんからいたずら電話がかかってきて、本当はスーパーやコンビニにはパンが溢れているのに、パンの製造を刺激され続けたら、どうなってしまうでしょうか?工場はニセの指令に従ってフル稼働し、どんどんパンを作ってしまいます。

このような仕組みで起きる甲状腺の病気が、バセドウ病です。

診断に重要な検査所見は、(1)血液中に甲状腺ホルモンが過剰な状態となっている事、(2)甲状腺にニセの刺激を与えるニセ工場長の存在を証明する事、(3)フル操業によって材料であるヨードがどんどんと甲状腺に運び入れされている事を証明する事です。(1)と(2)は血液検査で、(3)はシンチグラフィという画像検査で判明します。(3)は特殊な機器が無ければ調べる事ができず、(2)の精度も高い事から、シンチグラフィの機器が無い施設では、バセドウ病に特徴的な症状に加え、上記(1)と(2)を証明できたら、バセドウ病として診断される事が多いです。


でも、やはり、シンチグラフィは大切です。

なぜシンチグラフィが大切なのか。

無痛性甲状腺炎とバセドウ病をきっちりと鑑別する必要があるからです。

なぜ鑑別が重要か、その理由は、無痛性甲状腺炎は自然軽快しますが、バセドウ病は副作用もあり得る薬を使って治療をしなければ軽快しないからです。大きな違いです。

無痛性甲状腺炎は、甲状腺ホルモンが漏れ出る病気なので、材料であるヨードは甲状腺に搬入されません。

一方で、バセドウ病は甲状腺が病的にフル稼働しているので、材料である沢山のヨードが甲状腺に搬入されます。

この違いを、シンチグラフィでは画像で判別できるんです。

甲状腺専門医や内分泌専門医は、このポイントを特に重要視します。全てのバセドウ病の方が典型的なパターンという訳では無いので、診察所見や血液検査所見で無痛性甲状腺炎とバセドウ病の鑑別ができない場合は、シンチグラフィが患者さんのためになる事を専門的な知見と経験から分かっているので、別病院へ紹介する事もあります。


他にも、パン工場自体が、小麦を運んできたトラックが工場に入れない構造になってしまっていたら、パンを作れませんし(ヨードが甲状腺に入れない事による甲状腺機能低下症)、作ったパンを保管するための保管棚が壊れていても、ちゃんとしたパンを作れず、市場に出せません(サイログロブリン合成異常)。


今回は、甲状腺という、甲状腺ホルモンを合成する工場および倉庫を、パンの工場に例えて記しました。皆様が甲状腺や甲状腺の病気を理解される際のお役に立てましたら幸いです。


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