元気に何年生きられるのかの指標「QALY」
- 姜クリニック

- 2025年12月10日
- 読了時間: 4分
更新日:2025年12月13日
QALY(クオリー)という言葉、あまり聞き慣れない言葉かも知れません。
私がこのQALYをいう言葉を知ったのは、大学院で経営学を学んでいた頃に読んだ医療経済学のテキストでした。QALYとは、質調整生存年(Quality-Adjusted Life Year)の略語で、生存年数を生活の質のレベルで重み付けして算出される指標です。
医学学会や製薬企業で話題になるのは、治療によってどれくらい死亡時期が延びたのか、あるいはイベント(心筋梗塞や脳卒中や透析開始など)の発症がどれくらい抑えられたのかが多いです。
治療で死亡時期(単なる寿命)が3ヶ月延びたとして、元気に寿命が延びたのか、それとも痛みや副作用で苦しみながら寿命が延びたのかは話題にされない事が多く、またそのために幾ら費用がかかるのかも話題にされない事が多く、それに違和感を覚えていました。
QALYは、そのもやもやした違和感を少しクリアにしてくれる概念でした。
100%元気な状態を1.0とし、死亡の状態を0とします。
すると、50%元気な状態は0.5とできます。
理想は1.0の状態で長く生きられる事ですが、老化によっても1.0→0.9→0.8・・と下がってしまいます。
20歳の人が80歳で死亡するとします。
死亡するまでの60年の間、ずっと元気度1.0で生きられたとしたら、その元気寿命度は1.0✕60で「60」と表現できます。
20歳の人が元気度0.8で60年の間生きられたとしたら、その元気寿命度は0.8✕60で「48」です。
この元気寿命度を、質調整生存年(Quality-Adjusted Life Year: QALY)といいます。
質調整生存年、、まあとっつき難い日本語です。
元気度を生活の質と言い換えてみると、「生活の質✕年数=QALY」。
「生活の質って何?」
では、生活の質とは何を指すのでしょう?
精神的に幸せでも、四肢が不自由であれば良好であると言えない。
四肢が自由でも、精神的に不幸せであっても良好であると言えません。
精神的に幸せで四肢が自由でも、常に膝が痛い場合も良好とは言えません。
生活の質の良し悪しを数値で表現する方法はいくつかありますが、以下のように5次元で捉える事が多いです。
「生活の質=(1)どれくらい動けるか?+(2)どれくらい身の回りの事ができるか?+(3)どれくらい普段の活動ができるか?+(4)どれくらい痛みで苦しんでいるか?+(5)どれくらい不安でふさぎ込んでいるか?」
癌の疼痛コントロールは痛みの苦しみを和らげられるという点で上記(4)の改善に、電動車椅子は上記(1)の改善に寄与していそうです。
症状が無い生活習慣病の患者さんの治療はどう考えればよいか。
糖尿病があると糖尿病が無い人に比べて、1.0→0.7になるリスクが高いです。
だから、糖尿病の通院治療を勧めるわけです。
10年後に生活の質の度数が0.7になるとします。
10年かけて1.0がじわじわ0.7になる状態を図表Aで、
1年後に生活の質がいきなり1.0から0.7になってしまって10年後まで0.7をキープする状態を図表Bとします。
図表Aの質調整生存年(QALY)は8.5
図表Bの質調整生存年(QALY)は7.15
わざわざ図表にしなくても、図表Bの方が不幸せ期間が長いんだからQALYが低くなるのは当たり前なんですが、数値で示す事ができる点が画期的です。数値化できれば定量的な比較ができますから。


「健康のためになんぼのお金を使うのか?」
では、QALYを1.0改善させるためにどれくらいのお金(コスト)が妥当なのでしょうか?
理想はコスト0で改善です。
(1)QALY1.0改善のために1万円→OK?
(2)QALY1.0改善のために10万円→まあまあOK?
(3)QALY1.0改善のために1000万円→それはちょっとおかしいんちゃう?
国民皆保険制度の下では、国民みんなが(3)でOKとなると破綻しそうです。
本当にそのビタミン剤は必要なんやろうか?
本当にその整腸剤は必要なんやろうか?
幸せに生きるってどういう事なのか?
一つ一つの薬についてQALYを考える事は、医者だけでなく患者さんも一緒に考えていかなければならないと思いますし、QALYに基づいた人々の幸福を考えると保健医療だけでやれる事は本当に限られるなあとつくづく思います。
私見としては、生活の質を判定する項目に、「人との繋がりやコミュニケーションの機会」があっても良いなあと考えています。
